私たちはなぜ真央ちゃんに感動するのか?プロとアマチュア

 つづき、ではなくて、展開かな?
 前回「過程に心が動かされ、結果をきっかけに感動する」と書きましたが、これはたぶんアマチュアの話。ちなみに真央ちゃんはアマチュア。プロフェッショナルは、結果を求められます。これはスポーツでも他でも一緒。営業マンだったら、売れなければ評価されません。「あの人頑張っているから」という理由で、給料は上がらない。
 プロは結果です。だからあまり過程を表に出さない。出したら結果に影響するからかもしれませんが。例えば元ヤンキース松井秀喜選手。もちろん過程も時折表に出たりしますが、何より結果を出しているから、そこまでいけたわけで。イチローも同じ。自分が課題として取り組んでいることを、漠然とは説明するけれど、きちんとは説明しません。
 昔、授業の中の小話で、AKBと昔のアイドルの違いを話したことがありました。AKBは努力している姿を訴えるけど、昔のアイドルはそういう姿を表に出さないと。昔のアイドルは、それがプロ意識だったのだと思います。話した時は、ある意味AKBを暗に批判していたのかもしれない。けど、それは間違いだったのかなと。
 今思うのは、AKBは、努力や苦悩の過程を含めてプロなのだと。選抜総選挙とかチーム代え?とかいろいろありますが、それら全て周りが仕掛けたこと。AKBの人たちはそれに振り回される。一緒にやってきた仲間から引き離されたり、1人で遠くにとばされたり、勝手に順位を付けられたり。けどそれに順応しなきゃいけなかったり。何も知らなければ、「何騒いでんの?」ですが、少し想像力を働かせれば、振り回されたことでAKBの人たちは苦悩し、努力し、しかもそれが水泡となり、また苦悩し、努力し、のくり返し。これは何か、仕事をしている大人たちって感じがしますね。上司に振り回され、顧客に振り回され、生徒に振り回され、結果、水泡となることもしばしば。これは引きつけられるし、感動しますねぇ。
 もしかしたら、AKBの人たちの苦悩に、私たちは同調し、感情移入させられているのかもしれません。
 秋元康、すげぇ。